
空気を読むことが、目的になっていない?
日本人は、
「みんなと同じ」
を大切にする文化があります。
もちろん、
それ自体が悪いとは思いません。
でも、
「なぜそうするのか」を考えず、空気に合わせることが目的になってしまう。
そこに、おれは違和感を覚えます。
エスカレーターは、その象徴
例えば、
エスカレーター。
「急ぐ人のために片側を空ける」
いつの間にか、
それが当たり前になりました。
でも今では、
片側を空けることで、
- 混雑しやすくなる
- 転倒事故のリスクが高まる
という理由から、
鉄道会社も
「両側に立って利用してください」
と案内しています。
それでも、
多くの人は片側を空けます。
なぜでしょう。
みんながそうしているから。
おれはエスカレーターで片側を空けません
だからおれは、
エスカレーターでは片側を空けません。
そうすると、
意図的にぶつかられたり、
後ろから舌打ちが聞こえることがよくあります。
でも最近は、
同じように片側を空けないで立つ人を見かけることも増えました。
少しずつ、
変わってきているんだと思います。
残業も、有給も同じ
仕事もそうです。
仕事は終わっている。
でも、
周りが帰らないから帰れない。
有給も、
制度はある。
でも、
みんな取らないから取りづらい。
これも、
空気がルールになってしまっている例です。
遅刻はダメで、残業は偉い?
昔から不思議でした。
遅刻には厳しい。
でも、
残業には甘い。
もちろん、
仕事によって事情はあります。
でも、
決められた仕事を時間内で終わらせた人より、
長く会社に残った人が評価される文化があるなら、
それは少し違う気がします。
評価されるべきなのは、
「長く働いた時間」ではなく、
「生み出した価値」のはずです。
空気より、自分で考える
「みんながやっている」
それだけで判断するのは、
少しもったいない。
- それは、本当に必要なのか
- もっと効率のいい方法はないのか
一度立ち止まって考えてみる。
その積み重ねが、
社会を少しずつ変えていくんだと思います。
1つだけ疑問があります
鉄道会社は、
「エスカレーターは両側に立って利用してください」
と案内しています。
でも、
実際には、
自動音声やポスターで呼びかける程度で、
駅員さんが継続的に立って案内している場面を見かけたことはありません。
もし本当に定着させたいのであれば、
もっと積極的な方法もあるのではないか。
そんなことを考える時があります。
空気は読むもの。でも、考えることは忘れたくない
空気を読むことは、
日本人の良さでもあります。
でも、
空気に流されることと、
自分で考えることは別です。
「みんながやっているから」
ではなく、
「本当にそれでいいのか?」
そう考える人が少しずつ増えれば、
日本はもっと生きやすい国になる。
おれは、そう思っています。



