
四肢麻痺という絶望的な状況下で、誰かの助けを借りることは「当たり前」のことです。
しかし、おれは退院後の自宅療養中、ほぼ毎日世話をしに来てくれた彼女を、何度も追い払ってしまいました。
普通なら、動かない身体をサポートしてくれる存在に感謝し、すがる場面でしょう。 なぜおれは、一番つらく苦しい時期に、自ら「孤独」を選ぶような真似をしたのか。今回は、おれの性格の根幹にある「負けず嫌いな本質」と、決して誰にも見せたくなかったプライドについてお話ししていきます。
激痛とストレス。八つ当たりをしてしまう恐怖
退院直後の身体は、少し動かすだけで全身にビリビリと激しい痛みが走る状態でした。 1日中、痛みに耐えて唸り声を上げるしかない極限のストレス。自分の身体が自分の思い通りに動かないというフラストレーションは、精神を限界まで追い詰めます。
そんな状態のときに誰かが側にいると、どうなるか。
自分の感情をコントロールできなくなり、世話をしてくれる彼女にキツく当たってしまう自分が嫌だったのです。 だからこそ、あえて彼女を突き放し、誰もいない空間で1人、痛みとストレスに耐え抜くことを選びました。
「弱い自分」を絶対に見せ続けたくないという意地
そしてもう1つ、おれの中には強烈なエゴ(意地)がありました。
それは「弱い自分を絶対に見せたくない」というプライドです。 もちろん、事故直後の自力で起き上がることすらできない姿は、すでに見られてしまっています。しかし、その無防備で弱り切った状態を「見せ続ける」ことだけは、おれの美学がどうしても許しませんでした。
これまで生きてきた中で、おれは人に依存せず、自分の足で立ち、自分のルールだけで人生を切り拓いてきたという強烈な自負があります。 「四肢麻痺からの回復」という最大の試練においても、誰かの力を借りて治したのでは意味がない。自分の力だけで、おれ自身の潜在意識だけで人生を取り戻さなければならない。
そんな不器用で負けず嫌いな本質が、彼女を追い払うという行動に直結していたのです。
狂気的なまでの「観察記録」と、それを拒絶したおれのエゴ
後になって見つけた、当時の彼女のカレンダーです。

22日の「ドクターヘリにて搬送」「手足動かせず」。23日の「ヘッドホンかして」「口だけは達者(笑)」「少しだけ笑顔みられる」。そして、おれが激痛に唸っていた「服にふれるだけでピリピリピリピリ…」という生々しい記録。
余白がなくなるほどビッシリと書き込まれたこの手帳は、彼女がどれほど異常なまでの熱量でおれを観察し、日常を繋ぎ止めようとしてくれていたかの証明です。
普通なら、この献身的なサポートに涙して感謝し、身を委ねるのが美しいストーリーでしょう。 しかし、おれはこれを拒絶しました。
自分の身体を動かせるのは、他の誰でもない「おれ自身の脳(潜在意識)」だけです。 彼女を冷たく追い払ってまで貫いた「孤高の戦い」。それは、甘えやノイズを完全に断ち切り、自分の潜在意識だけを強制的に信じ抜くための、おれなりの極端な生存戦略だったのです。
次回は、この孤独なリハビリを乗り越え、事故からわずか35日後におれが起こした「ある行動」について語ります。周囲の制止を振り切り、あの日の雪山へ帰還した瞬間のリアルをお届けします。



